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味一筋五十年
素材にこだわり五十年
創業50年!そのパワーは永遠不滅なり!
みんみん、「旨さの方程式」
日本の年間餃子消費額は「家計調査年報」によれば、1140億円にも上るという。まさに餃子大国である。現在日本を代表する国民食となった餃子。だが意外なことに、餃子が広く庶民に知られるようになったのは戦後のことで、それまでは巷はもちろん、中華料理店でさえ、焼餃子というメニューは存在しなかった。ではなぜ餃子はかくも偉大なスターになり得たのだろうか。 まずは餃子を巡る日本の食文化発展史から見ていこう。
珉珉(以下みんみん)が大阪千日前に1号店をオープンしたのは昭和28年。敷地面積わずか13坪足らずメニューも当時は数品に限られていた小さな店だが、ここに時代を画する1つの料理が隠されていた。
そう。それが「焼餃子」中国北方地域に端を発する餃子を、「焼く」という調理によって日本の風土になじませた。今でこそ定番の餃子だが、当時は餃子をだす店は恐らくみんみんが初めてで、ほとんどのお客さんが、「餃子」という字をどう読んだらいいのかわからない。そんな時代であった。
その爆発的ブームは、想像をはるかに超えていた。みんみんの店の前には開店時から客が長蛇の列をなし、その長さはゆうに数百m。これが閉店まで途絶えることがなかった。 そのため料理人は、1日中餃子の皮を伸ばし続け、手が上がらなくなる程であった。
「とりあえず、餃子とビール!」それがみんみんを訪れる客の第一声。店内は庶民の熱気と生活感に湧き返り、食べることの情熱に満ちていた。戦後、日本の復興と共に、始まったみんみんの餃子ブーム。その後、急速に全国に広がった日本の餃子文化は、来るべき明るい未来を指し示す、日本のパワーの象徴でもあったのである。
さて、なぜみんみんはかくも人気を勝ち得たのだろうか?それは、店の料理を食べてみればすぐわかる。
餃子は皮がとろけるようになめらかで、焼き目はパリッと香ばしい。それはみんみんが強力粉100%にこだわるからで、じっくり寝かせて皮の旨味も引き出している。口に運ぶとじんわりしみ出す具の旨さ。みんみんの餃子は白菜をたっぷり使用するのが特徴で、豚肉、羊、ニンニクなどの18種類の具材とあいまって、絶妙な味のバランスが保たれている。
使う油は、このために特注された最高級の落花生油。いくつ食べても飽きがこず、味はやわらか。次から次へと手が伸びるおいしさなのだ。餃子の具材はミンチにするため、B級品を使っても見た目には変わらない。しかし、みんみんはそれを決してしない。ここが料理人の心意気なのだ。
これは、ほかの料理についても同様だ。たとえばみんみんが使用する玉ねぎは全て淡路産。それは淡路産の玉ねぎが独特の甘味を有するためで、関東などで淡路産が手に入らない場合には関西でわざわざ買い付け、それを配送する。
香り油にもこだわりがある。みんみんが指定するのは、竹本油脂の「純正胡麻油」通常の調理油の4〜5倍の値段だが、油の良さが味を大きく左右する中華には、これが欠かせないからだ。
基本のご飯もまたしかり。みんみんでは創業以来、新潟産コシヒカリを利用しているが、米不足で値段が倍以上に急騰した平成5年にも、コストを無視してなんとかコシヒカリを確保するという徹底ぶりなのである。
だが、そんな努力はどこ吹く風で、料理は全て庶民の価格。1000円ちょっとで餃子とビール、一品料理が楽しめる。だからこそみんみんなのだ。
みんみんはもちろん今でも、各店で一から料理を作っている。そのためどんな小さな店であっても、必ず10年以上の経験を積んだプロの料理人が厨房に立ち、その場で料理をこしらえる。彼らは全て長い経験を積んだプロで、アルバイトは皆無。料理人の手作りなので、季節や気候で味が微妙に変化して、食べ飽きることがないというわけだ。
「当たり前のことを当たり前にやる」
それがみんみんの鉄則。人件費も材料費も高くつくが、料理は毎日口に入れるもの。医者以上に、皆さんの健康を預かっている。決して手を抜けるものではないのだ。
みんみんの(珉)の字は、王偏に民。王様の味わいを庶民の料理に追求するというのが名前の由来だ。食の世界に壁はなく、全てが平等。だからこそ、 そんな世界を堪能させることが、みんみんの使命なのである。